「おふくろの味=肉じゃが」って誰が決めた?【新保信長】『食堂生まれ、外食育ち』30品目 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「おふくろの味=肉じゃが」って誰が決めた?【新保信長】『食堂生まれ、外食育ち』30品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」30品目

 

  そのなかで、肉じゃがはいかにして「おふくろの味」の代表格にのし上がったのか。魚柄仁之助『国民食の履歴書 カレー、マヨネーズ、ソース、餃子、肉じゃが』(青弓社/2020年)、湯澤規子『「おふくろの味」幻想』(光文社新書/2023年)によれば、似たような料理は昔からあったが、料理本で「肉じゃが」という名称が使われるようになったのは1975年頃。それ以前は家庭料理というより居酒屋メニューのひとつだった。その後、1980年代になって「懐かしい家庭の味」「おふくろの味」「男を落とす料理」として女性向けの雑誌やテレビ番組などで紹介され始める。そうした情報に接した女性が料理本などのレシピを見て作り始めた――というのが肉じゃが神話の真相らしい。

 80年代当時20代だった女性が肉じゃがをよく作っていたとしたら、その子供世代に相当する今の30代ぐらいの人が肉じゃがを「懐かしいおふくろの味」と思うのは理解できる。とはいえ、それほど伝統的な料理というわけではないし、もともと居酒屋料理だったのだから、「家庭的」というのも後付けのイメージに過ぎない。 

 自分の経験としても、肉じゃがを初めて食べたのは、たぶんどこかの居酒屋だ。実家の食堂のメニューにはなかったし、この連載で何度か書いてるようにウチの母親は基本的に料理をしない人だったので、肉じゃがに懐かしさは1ミリも感じない。前出のランキングに挙がっている料理の中で母が作ったのを食べたことがあるのは卵焼きと味噌汁ぐらい。味噌汁については【12品目】で書いたようなシロモノだったし、卵焼きは焦げがちだった。

 私が郷愁を感じるのは、母の手料理ではなく今は亡き父が作っていた店の料理のほうだ。現実的には父以外の調理場担当の従業員が作ったものを食べていた可能性も高いが、レシピは父が決めていたはずなので、それはそれで「おやじの味」と言ってもいいだろう。

 とはいえ、強いて自分にとっての「おふくろの味」を挙げろと言われれば、ひとつだけ心当たりがなくはない。店が休みの日に、母がたまーに作っていたかやくごはん。関西以外の人には五目ごはん、炊き込みごはんというほうが通りがいいかもしれない。お世辞にも料理スキルが高いとは言えない母だが、あのかやくごはんだけはうまかった。

 と言いつつ、どんな具が入っていたかは、はっきり覚えていない。鶏肉、油揚げ、コンニャク、ニンジン、ゴボウ……といったところか。いや、店の冷蔵庫にある食材しか使ってないはずだし、ゴボウを使うメニューはなかったから、ゴボウじゃなくてタケノコとかシイタケだったかも。

次のページ具材が何であれ、炊きたてのかやくごはんは最高だった

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新保信長 著『食堂生まれ、外食育ち

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一口に「外食」と言っても、いろんなシチュエーションがある。子供の頃に親に連れていかれたデパートの大食堂。夜遅く仕事帰りに一人で入る牛丼屋。ここぞというデートや記念日に予約して行ったレストラン。気の置けない仲間と行く居酒屋。たまの贅沢のカウンターの寿司屋。出先でたまたま入った定食屋。近所のなじみの中華屋や焼き鳥屋……。
誰もが心当たりあるような懐かしくも愛しき「外食の時空間」への旅が始まる!

カバー&本文イラスト描いたイラストレーターおくやまゆかさん。

イラストが最高に愉快!(全50点収録)

目次

序 「今日のごはん何?」と聞いたことがない

第1章 ノスタルジア食堂

1品目|外国人と鴨南蛮と中華そば
2品目|ランチタイム地獄変
3品目|「天丼」と「うどん天」と「シマ」
4品目|出前とデリバリー今昔物語
5品目|おでん定食というギャンブル
6品目|ハンバーグ記念日
7品目|おいしい味噌汁の条件
8品目|最高のおやつ
9品目|校外学舎の悲しき夕食
10品目|わんこスイカ
11品目|ところ変われば品変わる
12品目|「恵方巻」と「丸かぶり」
13品目|ちくわぶとはんぺん
14品目|「肉じゃが=おふくろの味」って誰が決めた?
15品目|スマホがなかった時代
16品目|Gに気をつけろ!

第2章 私が通りすぎた店

17品目|あの素晴らしい寿司屋をもう一度
18品目|気まぐれすぎる女将
19品目|選択肢のない店
20品目|日本一大きいビアガーデン
21品目|カニ・マイ・ラブ
22品目|国会図書館でナポリタンを
23品目|夫婦の肖像
24品目|サハリンの夜
25品目|インドで大炎上
26品目|開幕前の至福の宴
27品目|私がスポーツジムに通う理由
28品目|かわいそうな寿司屋とその弟子
29品目|残業メシ格差
30品目|よそンちの食卓はつらいよ
31品目|大食いと早食い
32品目| BGMも味のうち?

第3章 外食の流儀

33品目|大盛りはうれしくない
34品目|取り皿問題
35品目|デザート嫌い
36品目|お熱いのはお好き?
37品目|器のTPO
38品目|あんまり尽くされても困る
39品目|スパゲティがパスタに変わった日
40品目|何をかけるか問題
41品目|どの席に座るか問題
42品目|酒飲み認定
43品目|11人きた!
44品目|硬と軟
45品目|人はだいたい同じものを注文する
46品目|トングどっち向きに置く?
47品目|箸と愛国
48品目|ステキなタイミング
おわりに 入れなかったあの店の話

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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